2012年10月17日水曜日

4.3光年先の別世界

久しぶりのブログになってしまいました。プレスリリース続きだったりイベント続きだったり、まあでも広報ネタがあるということはありがたいことです。

今朝話題をさらっていたのは、ESO(欧州南天天文台)がプレスリリースをした『αケンタウリBに惑星発見!』というニュース。しばらくESOのウェブサイトにつながりにくいくらいだったので、世界から相当数のアクセスを稼いだことでしょう。

太陽に最も近い恒星系(距離4.3光年)であるαケンタウリは、αケンタウリA、αケンタウリB、プロキシマ・ケンタウリからなる3連星。名前からわかる通り、その中で2番目に明るい星がαケンタウリBです。αケンタウリBは、太陽よりちょっと暗めで有効温度は5,200K(太陽は約5,800K)、質量は太陽の93%。ほとんど太陽と同じ性質といってもいいでしょう。そんな星のまわりに見つかった惑星が、地球とほとんど同じサイズ(質量が地球の1.13倍)。こんなに地球に近い位置にある太陽に似た星に、地球に似た惑星が!という驚きが世界を駆け巡りました。

αケンタウリBとそれを回る惑星の想像図。
Credit: ESO/L. Calçada/N. Risinger (skysurvey.org)

この惑星、一応の名前はαケンタウリBb。太陽系外惑星の名前は、中央の星の名前+b, c, d, と見つかった順についていきます。αケンタウリBのまわりに最初に見つかった惑星なので、αケンタウリBbというわけ(わかりにくい)。この惑星が地球と大きく違うところ、それは中央の星(主星)のすぐ近くにあること。太陽と地球の間の距離は約1億5000万km(1au)ですが、αケンタウリBとその惑星の間の距離はわずかに600万km(0.04 au)。太陽と水星の間の距離が約5800万kmなので、その1/10という主星のすぐそばを回っています。公転周期は3.236日。つまり1年が3.236日。惑星の温度は今回の観測では求まっていませんが、灼熱の惑星でしょう。住むのは、ちょっと大変。

こんなに主星の近くにある惑星は、少なくとも現在の望遠鏡技術では写真に収めることができません。真ん中の星が明るすぎて、惑星の光がかき消されてしまうのです。『何kmも先の野球場の照明のすぐ近くに、小さなLEDを一つ置くようなもの』 という話をESOの人がしていましたが、これはいい例えだと思います。中央の星の光を隠して周囲の暗い天体を写し取るコロナグラフという技術も発達はしてきており、惑星を直接見つけることもできるようになってきましたが、それでもまだまだ大変です。

この惑星が発見されたのは、ドップラー法という方法。主星のまわりを惑星がぐるぐる回ると、それに伴って主星もすこし揺さぶられます。もう少し物理的に言えば、主星と惑星はその系の共通重心のまわりを公転しているので、共通重心から見ると主星も少しふらついているわけですね。ドップラー法では、主星の光を非常に細かく分光し、星のふらつきに伴う光のドップラー効果を測定します。太陽もそうですが、星の光をスペクトルに分解すると吸収線が見えます。この吸収線が、時間に伴って少し青い方や赤い方(波長の短い方や長い方)に動くのを精密に測定し、その振れ幅やスピードから星のまわりにある見えない惑星の存在とその質量を言い当てるのです。

周りを回る惑星が小さければ、当然主星の動きも小さくなります。今回の星は地球とほとんど同じサイズなので、主星の動きも微小。その速度はわずかに秒速51cm。時速1.8kmですから、人が歩く半分くらいの速度しかないαケンタウリBの動きを捉えたことになります。これを捉えたのは、ESOがチリ・ラシヤ天文台に設置した3.6m望遠鏡と、超精密分光器HARPS。High Accuracy Radial velocity Planet Searcherという名前は、日本語にすれば高精度視線速度測定惑星探索装置、という感じでしょうか。その名の通りドップラー法による太陽系外惑星発見のために作られた装置なので、その面目躍如ということですね。

 そんな専用装置を使っても、この星のわずかな動きを捉えるのは大変。Natureに掲載予定の論文を見ると、様々なノイズを除去してようやくシグナルを捉えたことがわかります。ノイズの由来は、
  • 装置の不定性:追尾誤差など。0.7m/s程度の寄与。
  • αケンタウリB星全体の振動:ただしこれは5分以下の周期のものなので、10分間の露光時間で写真を撮ると平均化されて見えなくなります。
  • αケンタウリBの表面の運動:星の表面は味噌汁のように対流を起こしているので、常にガスが湧き上がってきたり沈んで行ったりしています。これが速度の測定に誤差をもたらします。αケンタウリBの場合、0.6m/s位の寄与があるそうです。
  • αケンタウリBの自転効果:星は自転しているので、地球から見て星の片側は地球に近づき、反対側は地球から遠ざかります。星全体の光を見てやればこれは相殺しますが、例えば片側に黒点があったらそちら側の光が暗くなり、反対側の速度を持つ光が優勢になります。ただ黒点も星の自転と一緒に動いていくので、長く観測していれば星の自転と同じ周期(αケンタウリBの場合は、38.7日)で変動するのが見えてきます。
  • 星表面の磁場活動:太陽は11年周期で活動度が変動しますが、それによって黒点の数がかわります。黒点内部はガスが垂直方向に運動しているので、これが星の速度測定に影響します。
  • 連星の効果:αケンタウリBはαケンタウリAと79年の周期でお互いのまわりを回っています。これに由来する星の動きを取り除かないと、惑星による小さなふらつきは見えません。
  • αケンタウリAの光の漏れ込み:αケンタウリAとBは非常に近いので、Bの光を測っているつもりでもAからの光が漏れこんできます。特に観測条件が良くない(大気が安定していない)とこれが顕著なので、そんなデータは捨ててしまいます。
  • 地球の自転速度の効果:地球は太陽の周りを回っていますので、その動きに起因するドップラー効果も起こります。このため、目的の星の位置を正確に把握して地球がその星に対してあたかも止まっているように見えるように、速度の補正をしてやらなくていは行けません。星の位置決定精度が悪いと、誤差が生じます。
という厄介な誤差を一つ一つ丁寧に取り除いて、やっと出てきたのが今回の惑星による主星の運動。このあたりの見積もりを誤ると、惑星は見つかりません。あるいは、無いはずの惑星を「ある」と言ってしまいかねません。 専門ではないので細かい作業の妥当性はよくわかりませんが、相当根気のいるデータ解析だったんだろうと思います。いやはや、ご苦労様です。(追観測・追解析で結果がひっくり返らないといいな。。)

 ともあれ、太陽系にも、そのお隣の星にも惑星があるとなれば、もうそこらじゅうの星に惑星があってもおかしくない、とついつい考えてしまいます。4.3光年先まで実際に飛んでいくにはまだまだ技術革新が必要ですが、惑星の普遍性を考える上では大きな意義のある発見だったと思います。