2年以上ぶりに引っ張り出してきたこのブログ。
今日行われたTRAPPIST-1を回る太陽系外惑星の記者発表に関する感想を書いてみます。
要点は、NASAちょっとやりすぎじゃね?というところ。
NASAのプレスリリースはこちら。
NASA Telescope Reveals Largest Batch of Earth-Size, Habitable-Zone Planets Around Single Star
今回の発見は、地球から約40光年のところにある赤色矮星TRAPPIST-1に7つの惑星が回っていて、それらがいずれも地球とほぼ同じサイズであること、そのうち3つが「ハビタブルゾーン」に位置していることがわかった、というもの。TRAPPIST-1には以前3つの惑星が見つかっていたので、今回は残り4つを発見し、またそれらのサイズを測定したというところがこれまでのこの星の観測成果からの前進です。
NASAが発表したTRAPPIST-1惑星系の想像図。Credit: NASA/JPL-Caltech
他の星のまわりで言えば、地球サイズの惑星はこれまでもいくつも見つかっていますし、「ハビタブルゾーン」にある地球サイズ惑星もこれまでに見つかっています。ひとつの星のまわりに地球サイズの惑星がこれほどたくさん回っているのが見つかった、というのは新しいところですね。
というわけで、確かに研究としては一歩前に進んだことに間違いはないですが、大騒ぎするほどの大ジャンプではないのでは?というのが私の印象です。NASAは今回「太陽系外惑星に関するエキサイティングな発見」として記者会見を事前に告知していたわけですが、ふたを開けてみればそこまでではなかったな、と。
こうして会見を事前に告知して、そのわりに発見の中身を聞くとがっかりする、ということがNASAの記者発表では何度もありました。NASA様のネームバリューのおかげもあってそれはそれは話題になるのですが、研究者コミュニティでは不信感に似た感情が芽生えつつあるのも確かです。太陽系外惑星はわかりやすい研究テーマですし、普段天文学に関心のない人を振り向かせる力を持っていると思いますが、あまりこうしたことを続けていると「オオカミ少年」になってしまって、巡り巡って自分たちの首を絞めてしまうのではないかと危惧します。
私も広報担当として研究成果のプレスリリースを書く仕事をしています。わかりやすく、多くの方に興味を持ってもらえるように成果を紹介することは間違いなく重要な使命です。そして、"わかりやすさ"と"正確さ"のせめぎあいは、いつでも存在します。 私もいつも悩みます。でも、今回のはちょっとやりすぎではないかと思う点が多いのです。
上に挙げた想像図も、完全なる想像図で、 惑星の表面の模様や色は今回の観測ではわかりません。大気があるかどうかもわかりません。大気がなければ表面に水もないでしょう。「ハビタブルゾーン」というのは、地球のような大気があれば惑星表面に水が液体で存在できて地球型生命の生存に適している領域ということですが、これは中心星の明るさと星から惑星までの距離だけでは決まりません。本当にハビタブルかどうかはわからないのです。
NASAは、惑星表面を想像で描いたVRコンテンツまで準備しています。 そこまで準備できる体力はすごいと思いますが、これはもう単なるSFの領分。さすがにやりすぎじゃないですかね。
今月、Natureの姉妹誌 Nature Astronomy に、太陽系外惑星を説明する時の言葉遣いに注意すべきだ、という文章が掲載されました。
"The language of exoplanet ranking metrics needs to change"
現在JAXAにいらっしゃる Elizabeth Taskerさん他の文章で、センセーショナルな言葉を不用意に使い続けると一般からの興味がすり減ってしまって、将来のプロジェクトを危機にさらす可能性があるという、まさに「オオカミ少年」になることを危惧する文章でした。「地球に似た惑星の発見」というニュースを何度も聞いた覚えがある方もいらっしゃるでしょう。前回のあれとどう違うんだっけ?ということが続いてきたのです。
山ほどある研究成果の中からどれをプレスリリースの題材に選び、どんな言葉で伝えるかというのは、私が業務で日常的に直面している問題でもあります。 研究というのは小さな一歩の積み重ねであって、大発見だけで研究が進むわけではありません。一方でプレスリリースは、研究業界内での研究発表とは違って、大きな前進や質的なジャンプを伝えるものとして存在しています。小さな一歩一歩を逐一伝えることにも意義はあるかもしれませんが、多くの場合は関心がすり減ってしまって本当に関心を持ってほしい成果も伝わらなくなってしまいます。それではプレスリリースの意味がない。ここぞという成果を的確に伝えてこそのプレスリリースなのです。
まあ、いろいろ事情もあるだろうしなかなか難しいのは私も広報担当としてはわかるのですが、天文学のほとんどが税金で賄われている以上、社会からの信頼は天文学の生命線です。真摯な態度を忘れないようにしなくては、と自らを振り返っても思います。
ところで、今回の成果はもともと欧州南天天文台(ESO)の観測所内にある望遠鏡でなされた研究をもとにしています。ESOもプレスリリースを出しているわけですが、そのタイトルが
"Ultracool Dwarf and the Seven Planets"
冒頭に挙げたNASAのリリースに比べてシンプルなタイトルにしたなと思っていたのですが、これが
"Snow White and the Seven Dwarfs"(白雪姫と7人のこびと)
にかけてあることにさっき気づきました。いやぁ、美しい。ESOはアルマのパートナーで、あちらの広報室とも日常的に仕事をしていますが、こういうセンスある人たちと一緒に仕事ができるのは素晴らしいことだな、と改めて感じ入った今回のリリースでした。
長くなってしまいましたが最後にもう一つ。今回のTRAPPIST-1は、質量が太陽の8%ということで、核融合反応が起きるギリギリの質量です。水素の核融合反応が起きる普通の恒星と、低質量過ぎてそれが起きない褐色矮星の境目にある天体といえます。私の研究テーマは軽い星の形成メカニズムですが、少なくとも10年位前までは、褐色矮星の形成過程はよくわかっていませんでした。普通の星と同じようにガスと塵が集まってできるという説はもちろんあったのですが、これほど軽量なガス雲が自分の重力でつぶれて褐色矮星を作れないのでは?という謎があったのです。別の作り方としては、たとえばより大質量のガス雲がつぶれて連星ができ、そのうちの低質量な一つが放り出されて孤立した褐色矮星になるのだ、という説もありました。どちらか一方しかないというわけではないと思いますが。今回TRAPPIST-1のまわりに7つも惑星が回っていたということは、後者のようなダイナミックなプロセスは経験していないということなのかもしれません。つまり、この星はより重い普通の恒星と同じようなプロセスでできた可能性があるわけですね。ダイナミックなプロセスを経ても惑星系が生き延びられるかどうかはシミュレーションしてみないと分からないですが、ハビタブルゾーンよりもその惑星系全体の形成過程にもスポットを当ててよい成果にも思います。