2012年10月17日水曜日

4.3光年先の別世界

久しぶりのブログになってしまいました。プレスリリース続きだったりイベント続きだったり、まあでも広報ネタがあるということはありがたいことです。

今朝話題をさらっていたのは、ESO(欧州南天天文台)がプレスリリースをした『αケンタウリBに惑星発見!』というニュース。しばらくESOのウェブサイトにつながりにくいくらいだったので、世界から相当数のアクセスを稼いだことでしょう。

太陽に最も近い恒星系(距離4.3光年)であるαケンタウリは、αケンタウリA、αケンタウリB、プロキシマ・ケンタウリからなる3連星。名前からわかる通り、その中で2番目に明るい星がαケンタウリBです。αケンタウリBは、太陽よりちょっと暗めで有効温度は5,200K(太陽は約5,800K)、質量は太陽の93%。ほとんど太陽と同じ性質といってもいいでしょう。そんな星のまわりに見つかった惑星が、地球とほとんど同じサイズ(質量が地球の1.13倍)。こんなに地球に近い位置にある太陽に似た星に、地球に似た惑星が!という驚きが世界を駆け巡りました。

αケンタウリBとそれを回る惑星の想像図。
Credit: ESO/L. Calçada/N. Risinger (skysurvey.org)

この惑星、一応の名前はαケンタウリBb。太陽系外惑星の名前は、中央の星の名前+b, c, d, と見つかった順についていきます。αケンタウリBのまわりに最初に見つかった惑星なので、αケンタウリBbというわけ(わかりにくい)。この惑星が地球と大きく違うところ、それは中央の星(主星)のすぐ近くにあること。太陽と地球の間の距離は約1億5000万km(1au)ですが、αケンタウリBとその惑星の間の距離はわずかに600万km(0.04 au)。太陽と水星の間の距離が約5800万kmなので、その1/10という主星のすぐそばを回っています。公転周期は3.236日。つまり1年が3.236日。惑星の温度は今回の観測では求まっていませんが、灼熱の惑星でしょう。住むのは、ちょっと大変。

こんなに主星の近くにある惑星は、少なくとも現在の望遠鏡技術では写真に収めることができません。真ん中の星が明るすぎて、惑星の光がかき消されてしまうのです。『何kmも先の野球場の照明のすぐ近くに、小さなLEDを一つ置くようなもの』 という話をESOの人がしていましたが、これはいい例えだと思います。中央の星の光を隠して周囲の暗い天体を写し取るコロナグラフという技術も発達はしてきており、惑星を直接見つけることもできるようになってきましたが、それでもまだまだ大変です。

この惑星が発見されたのは、ドップラー法という方法。主星のまわりを惑星がぐるぐる回ると、それに伴って主星もすこし揺さぶられます。もう少し物理的に言えば、主星と惑星はその系の共通重心のまわりを公転しているので、共通重心から見ると主星も少しふらついているわけですね。ドップラー法では、主星の光を非常に細かく分光し、星のふらつきに伴う光のドップラー効果を測定します。太陽もそうですが、星の光をスペクトルに分解すると吸収線が見えます。この吸収線が、時間に伴って少し青い方や赤い方(波長の短い方や長い方)に動くのを精密に測定し、その振れ幅やスピードから星のまわりにある見えない惑星の存在とその質量を言い当てるのです。

周りを回る惑星が小さければ、当然主星の動きも小さくなります。今回の星は地球とほとんど同じサイズなので、主星の動きも微小。その速度はわずかに秒速51cm。時速1.8kmですから、人が歩く半分くらいの速度しかないαケンタウリBの動きを捉えたことになります。これを捉えたのは、ESOがチリ・ラシヤ天文台に設置した3.6m望遠鏡と、超精密分光器HARPS。High Accuracy Radial velocity Planet Searcherという名前は、日本語にすれば高精度視線速度測定惑星探索装置、という感じでしょうか。その名の通りドップラー法による太陽系外惑星発見のために作られた装置なので、その面目躍如ということですね。

 そんな専用装置を使っても、この星のわずかな動きを捉えるのは大変。Natureに掲載予定の論文を見ると、様々なノイズを除去してようやくシグナルを捉えたことがわかります。ノイズの由来は、
  • 装置の不定性:追尾誤差など。0.7m/s程度の寄与。
  • αケンタウリB星全体の振動:ただしこれは5分以下の周期のものなので、10分間の露光時間で写真を撮ると平均化されて見えなくなります。
  • αケンタウリBの表面の運動:星の表面は味噌汁のように対流を起こしているので、常にガスが湧き上がってきたり沈んで行ったりしています。これが速度の測定に誤差をもたらします。αケンタウリBの場合、0.6m/s位の寄与があるそうです。
  • αケンタウリBの自転効果:星は自転しているので、地球から見て星の片側は地球に近づき、反対側は地球から遠ざかります。星全体の光を見てやればこれは相殺しますが、例えば片側に黒点があったらそちら側の光が暗くなり、反対側の速度を持つ光が優勢になります。ただ黒点も星の自転と一緒に動いていくので、長く観測していれば星の自転と同じ周期(αケンタウリBの場合は、38.7日)で変動するのが見えてきます。
  • 星表面の磁場活動:太陽は11年周期で活動度が変動しますが、それによって黒点の数がかわります。黒点内部はガスが垂直方向に運動しているので、これが星の速度測定に影響します。
  • 連星の効果:αケンタウリBはαケンタウリAと79年の周期でお互いのまわりを回っています。これに由来する星の動きを取り除かないと、惑星による小さなふらつきは見えません。
  • αケンタウリAの光の漏れ込み:αケンタウリAとBは非常に近いので、Bの光を測っているつもりでもAからの光が漏れこんできます。特に観測条件が良くない(大気が安定していない)とこれが顕著なので、そんなデータは捨ててしまいます。
  • 地球の自転速度の効果:地球は太陽の周りを回っていますので、その動きに起因するドップラー効果も起こります。このため、目的の星の位置を正確に把握して地球がその星に対してあたかも止まっているように見えるように、速度の補正をしてやらなくていは行けません。星の位置決定精度が悪いと、誤差が生じます。
という厄介な誤差を一つ一つ丁寧に取り除いて、やっと出てきたのが今回の惑星による主星の運動。このあたりの見積もりを誤ると、惑星は見つかりません。あるいは、無いはずの惑星を「ある」と言ってしまいかねません。 専門ではないので細かい作業の妥当性はよくわかりませんが、相当根気のいるデータ解析だったんだろうと思います。いやはや、ご苦労様です。(追観測・追解析で結果がひっくり返らないといいな。。)

 ともあれ、太陽系にも、そのお隣の星にも惑星があるとなれば、もうそこらじゅうの星に惑星があってもおかしくない、とついつい考えてしまいます。4.3光年先まで実際に飛んでいくにはまだまだ技術革新が必要ですが、惑星の普遍性を考える上では大きな意義のある発見だったと思います。


2012年8月19日日曜日

感情を揺り動かしてこその科学

読売新聞編集委員 知野恵子さんによる『「情」に訴える宇宙開発』 という論考が、Yomiuri Onlineに掲載されていました(7月27日に読売新聞に掲載)。アルマ望遠鏡プロジェクトの広報が仕事の私はいつも「科学広報は触れる人の感情を揺すぶってナンボ」だと思っているので、これはちょっと気になる記事でした。

詳細はリンク先をお読みいただければよいのですが、要は宇宙ステーション向け貨物船「こうのとり」や探査機「はやぶさ」、準天頂衛星「みちびき」の広報において宇宙機の擬人化が行われ、それによって触れる人の感情移入を誘い、『知らず知らずのうちに応援団になっている。』ということが紹介されています。とはいってもこれを一方的に批判したり賞賛したりというわけではなくて、懸念も利点も述べたうえで、うまく使いましょうね、という内容になっています。

懸念として挙げられているのは、以下の点。
しかし、全てのプロジェクトが擬人化されて、「君」や「ちゃん」づけで呼ばれるようになっては気味が悪い。情に訴えるからと言って、専門家の技術評価や、国の政策や計画にふさわしいかどうかの検討が手薄になっては困る。
 まあ、少なくとも現状のプロジェクト選定や評価のプロセスであればこれはそんなに気にすることではないんじゃないでしょうか。そういう評価をしている「専門家」たちは、プロジェクトについて十分に知らないまま感情を移入してしまうような人たちではないと思うので。JAXAが始めた募金はある意味ではファン投票的な側面もあるので、直接興味のあるプロジェクトを応援できる手段ができたのはいいですが、これだけでプロジェクト選定が行われては困ります。「他の立候補者知らないから、政策はよく知らないけど名前を知ってるからタレント候補に投票しておこう」という投票行動が危険なのと同じこと。

擬人化については、個人的にはやりたいところ(やれるところ)はやればいいし、 やらないという選択もありだろうと思います。twitterで「はやぶさ」「あかつき」「イカロス」の擬人化ツイートを見ても、うまくやってる時もあれば「それはちょっと違うんじゃないの」と思うときもありました。現に、イカロスについていた2機のカメラの擬人化ツイートは、なんとなく見てられなくなってフォローを外してしまいましたし。僕にとっては少し不快に思えたからフォローを外したんですが、今となってはどんな点が不快に感じたのか忘れてしまいました。ツイートに含まれる情報量が少なくて、本当に会話メインになってたからだったかなぁ。こういうのはちゃんと書き留めておくべきでしたね。アルマ望遠鏡については、さしあたり擬人化広報はやらないつもりです。間口を広げる一つの方法として擬人化が有効な場合があるのはわかるのですが、なかなか難しそうなので。

さて冒頭に「科学広報は感情を揺すぶってナンボ」と書きましたが、これはこういうことです。以前、池袋のプラネタリウム「満天」を見に行った時のこと。その時上映されていたのはアメリカ自然史博物館が製作した「コズミック・コリジョンズ」だったと思いますが、上映が終わって出ていくときに「あー、人生観変ったわー」と後ろの人が行っていたのが耳に入ったのです。それを聞いて僕は、科学広報の目指すべきところのひとつはコレだな、と思ったわけです。科学は小さな発見や前進を積み重ねて大きく進展してきました。科学広報で重要な役割を占める「研究結果のプレスリリース」はそのひとつひとつを伝えていくわけですが、これ単体ではなかなか広く浸透しないし記憶にも残らない。なぜか。それは多分、研究者なら前提条件として持っているその研究の「文脈」がうまく伝えられてないからだろうと思うわけです。天文学なら天文学という大きな物語の中で、その発見がどういう位置づけを持っているのか。研究者はなんでそのテーマに興味を持ったのか。そういうストーリーをきちんと提示して、触れた人の人生観や世界観にちょっとだけ変革をもたらすこと、これが僕の目指したい科学広報です。そのストーリーが多くの人の「血となり肉となる」こと、ここまでやって初めて「科学が進展する」と言えるのだと僕は思うからです。実際プレスリリースの準備に関わると、なかなかこれが難しいことだ、というのはわかるのですけどね。

ストーリーを伝えるのに必要以上に話を「盛って」はいけないですし、僕もこれまでの仕事の中では反省すべき点もあります。 あと、「感情を揺すぶってナンボ」というは「この発見がこういう技術に結びつく」「この発見はあの病気を治す手がかりとなる」という文脈で語れない天文学特有のものかも知れませんので、他の分野ではいろいろほかの伝え方もあることでしょう。

折しも、アメリカの国立天文学研究機関が大きな予算カットといくつかの大望遠鏡の運用停止を言い渡されたというニュースが入ってきたところでした。こうした研究施設でどんな成果が出ていたか、それがどれだけ多くの人に本当の意味で受け入れられていたかということも、こういう危機的な状況では試されることでしょう。擬人化とはちょっと違う意味でどれだけ「情に訴え」られたか。広報の評価というとすぐ「新聞やテレビにどれだけ取り上げられたか」という話になってしまうのですが、それはあくまで手段。その先にどれだけ届いたかというのは現段階ではなかなか評価が難しいですが、そこを目指して活動していかなければ、と思っている次第です。

2012年7月16日月曜日

月と金星と木星と一等星

SKA建設地決定のニュースの詳細を書くと書いて一か月書いていませんでしたが、その前に今朝の衛星惑星一等星会合の写真が撮れたので、そちらをご紹介します。

月と金星、木星、アルデバラン
(2012.07.16 午前3:30頃.、Canon EOS Kiss X3 + Canon EFS 18-135mm、1.6秒露出、ISO 800、f/5.6)
月が昇ってくるときには東側は雲に覆われていて、月の位置がなんとかわかるくらいでした。が、時間がたつにつれて月は雲の薄い部分に昇っていき、同時に木星や金星も見え始めました。午前3時30分くらいに撮影したのが上の写真です。おぼろに輝く月齢26の細い月、その右に見えるのが-4.5等の金星、上にあるのが-2.1等の木星、金星の少し右には、おうし座の顔の位置にあるアルデバラン(0.9等)も写っています。薄雲のせいもありますが、一等星をはるかにしのぐ明るさの天体がこれだけの範囲に集合するというのは見ごたえがあります。

見ごたえは、この4つの天体までの距離を比べてみるとさらに増すかもしれません。
  • 地球 - 月: 40万 km
  • 地球 - 金星:0.47天文単位 (7000万 km)
  • 地球 - 木星:5.66天文単位 (8億4700万 km)
  • 地球 - アルデバラン:65.1光年 (62京 km)
その距離差は実に15億倍。太陽系の成り立ちを考えると、ある程度の必然性を持って金星と木星はほぼ同じ軌道面をまわっているし月の軌道面もそれに近いので、こうやって並ぶのがものすごい偶然、というわけではないのですが、それでもこうやって並んで見えるのは面白いですね。

朝焼けの中の月と金星
(2012.07.16 午前4:10.、Canon EOS Kiss X3 + Canon EFS 18-135mm、1/30秒露出、ISO 800、f/4.5)
 夜が明けてくると、きれいな朝焼けも見ることができました。日中は暑くなりましたが、この時間はまだ気持ちの良い朝でした。


(等級と距離はすべて、ステラナビゲータ9による)



2012年5月28日月曜日

Square Kilometer Array 建設サイト決定 (1)

SpaceX社のドラゴン宇宙船が民間の宇宙船としては初めて国際宇宙ステーションにドッキングしたのが5月25日夜。僕もNASA TVでの中継に見入っていたその時、ひっそりと、でもとても大きなニュースが入ってきました。アルマ望遠鏡が観測するものよりも低い周波数の電波で圧倒的な感度と解像度をもつ Square Kilometer Array (スクエア・キロメートル・アレイ、SKA)の建設地が、南アフリカとオーストラリアの両方に分割建設ということになったというニュースでした。これにはびっくり。個人的な参考のために少し調べてみたので、それをここに残しておきます。今回はSKAの概要とSKAが目指す天文学について紹介し、建設サイトのことは次回掲載します。僕は一応電波天文学を専門としていますが、SKAが観測する電波よりも100倍以上周波数の高い電波を観測しているのでSKA自身には関係していなくて、ここにあげた情報はすべてウェブサイト等から集めたものです。

まずSKAとは何か。名前の通り、たくさんの望遠鏡の集光面積の合計が1平方キロメートル(=100万平方メートル)に及ぶ巨大な電波望遠鏡群です。2016年建設開始、2024年科学観測開始を目指しているとのこと。SKAが観測する電波は70MHz - 10 GHz。巨大電波望遠鏡と言えば僕も関わっているアルマ望遠鏡がありますが、その観測周波数は30 - 950 GHz。アルマ望遠鏡はSKAよりずっと周波数の高い(波長が短い)電波を観測するので、アルマ望遠鏡とSKAは、ライバルというよりは相補的な望遠鏡と言えるでしょう。
SKA完成予想CG
credit: SKA Organisation/Swinburne Astronomy Productions

集光面積が大きいということは、それだけたくさん電波を集めることができて感度が良いということ。同じような周波数の電波を観測するアメリカのJansky VLA は口径25mのアンテナ27台なので、集光面積は単純計算で約13,000平方メートル。SKAの100万平方メートルとは二桁違います。また、50 MHz - 1.4 GHzの電波を観測できるインドのGiant Meterwave Radio Telescope (GMRT)は45mのアンテナ30台で、集光面積は約48,000平方メートル。全然SKAには及びません。つまり、SKAはダントツにデカいということですね。

SKAには現在、オーストラリア・カナダ・中国・イタリア・ニュージーランド・オランダ・南アフリカ・イギリスの8か国が正式メンバーとして参加しています。本部はイギリス・マンチェスターのジョドレルバンク天文台に設置されています。日本は、正式にお金を払って参加、という決定はまだしていません。

SKAは数十MHzから10 GHzの電波を観測するのですが、この周波数帯は人間社会でもよく使われています。テレビやラジオ、携帯電話、無線通信。高感度の電波望遠鏡を作って宇宙から来る微弱な電波に耳を澄ませようとしても、こうした人工電波が邪魔をしてしまっては観測を行うことができません。つまりこの望遠鏡を建設する場所は、できるだけ人工電波が少ない場所がよいというわけです。そこで名乗りを上げたのが、オーストラリア・ニュージーランド連合と南アフリカを中心とするアフリカ諸国でした。

SKAの建設費は約1500億円。その全部が建設地に落ちるわけではないですが、それでも一大事業には変わりありません。特にアフリカにとってはこのような世界的な科学事業を誘致できれば関連する技術開発企業の誘致や投資を呼び込むこともできるわけで、SKAの誘致には非常に熱心でした。まあSKAを使う天文学者の側とすれば、観測環境が良いこと、観測所へのアクセスとか治安とかが確保されていること、というような条件がそろっていれば、オーストラリアでも南アフリカでもそれほど違いはないと感じます。いずれにしてもアルマ望遠鏡と同じ南の空を重点的に調べることができますし。

ではこのSKAでどんな天文学をやるのか。ウェブサイトによると5つのキープロジェクトが挙げられています。
  • 銀河の誕生と進化、宇宙膨張
    宇宙に存在するガスの主要構成要素である水素原子から放射される周波数1.42 GHzの電波を観測。 銀河の外縁部や銀河間空間にある水素ガスの分布を明らかにし、これらがどのように銀河に取り込まれて銀河が成長していくのかを調べます。また、重力レンズ効果を使って宇宙の中のダークマターの分布を調べ、それと宇宙膨張の関係を探ります。
  • パルサー・ブラックホール周囲の強重力場での重力理論検証
    重力の理論としては、アインシュタインの一般相対性理論が広く受け入れられています。パルサー(中性子星)やブラックホールなど非常に重い天体のごく近くは、一般相対性理論で予言される様々な効果が現れるので、その検証に適しています。パルサーは非常に規則正しく電波を出しているので、その電波を観測することでパルサーの運動を詳しく調べ、重力理論を検証します。
  • 宇宙磁場の起源と進化
    地球が磁石のはたらきを持っているのと同様に、宇宙にも普遍的に磁場(磁石の力)が存在していています。この磁場は星の形成などにおいてもとても重要な役割を持っていますが、実は磁場の測定はとても難しいのです。磁場中を電磁波が飛んでくるときに偏光面が回転する「ファラデー回転」という現象を観測し、宇宙の磁場地図を作ります。星が生まれてくるガスの雲のなかでどのように磁場が分布しているかを調べることは、星の誕生のメカニズムの理解にとても重要です。
  • 惑星の形成と地球外知的生命
    太陽系外にもたくさんの惑星が見つかっていますが、その多様な惑星系の形成メカニズムはまだ明らかにはなっていません。宇宙には形成途上にある惑星系も多くあるので、SKAはこれらを観測し、惑星形成過程をつぶさに観測します。(ただし、SKAはオリジナルの案では周波数30GHzまで観測する予定だったようですが、現在はとりあえず10GHz以下までしか観測しないということで、それだと電波も弱く解像度も最高レベルにはならないので、この点どこまでSKAで迫れるかよくわかりません。まあこのあたりはアルマ望遠鏡がカバーする範囲ではあります。)
    また、SKAは驚異的な感度を持っているので、もしほかの星に知的生命体が存在していて電波を通信のために使っているとしたら、その電波をキャッチできるかもしれません。計算上、人間が使っているのと同じくらいの強度のテレビ電波であれば数光年先の距離でも受信できるという計算です。もちろん、相手が『知的生命体との通信』を目指してもっと強く電波を出していれば、より簡単に受信できるでしょう。これまでの地球外知的生命探査(SETI)よりも1000倍も広い範囲(主に奥行き方向に広くなる)をターゲットにできます。
  • 宇宙の暗黒時代
    ビッグバンのあと宇宙が冷えてから、星や銀河が宇宙に広がって宇宙が熱せられる間の期間を『宇宙の暗黒時代 (The Dark Age)』と呼びます。最初の星や最初の銀河はこの暗黒時代に作られるわけですが、その様子はよくわかっていません。暗黒時代に満ちている中性の水素原子が出す電波はSKAがカバーする観測周波数帯域にありますので、SKAが活躍できる分野の一つです。
SKAは素晴らしい感度と解像度を持っています。さらに低い周波数帯域では視野も広いので、 これまでの観測では見つけることのできなかった電波変動天体(電波の強度が変動する天体)を発見・モニタリングすることもできるわけです。日本ではこうした低周波の電波を観測する天文学者はあまり多くはありませんが(1980年代前半にできた野辺山宇宙電波観測所が日本の電波天文学の進展に大きく寄与していて、そこでは高周波の電波天文学が盛んだったのです)、非常に面白い天文学ができることは確かでしょう。アルマ望遠鏡の次の大電波天文学プロジェクトとしてSKAは目されていて、今回その建設地が決まったということで、具体的に計画が進んでいくことでしょう。

というわけで次回は、ちょっと複雑なことになってしまったSKA建設地のことについて紹介します。

2012年5月1日火曜日

日食講演会@パナソニックセンター

5月21日に迫った金環日食を前にして、ゴールデンウィーク中に東京有明のパナソニックセンター東京のキッズウィーク2012「太陽が金の環になる日のヒミツ!」が開催されています。1日3回、7日間計21回の講演のうち3回分(4/28に1回、4/29に2回)を担当しました。

金環日食の話がもちろんメインなのですが、単に日食の話をするだけだと面白くないし他のところでも聞けるので、僕の話の中では太陽系の大きさと地球の小ささ、惑星の誕生の話を絡めて、いかに多くの偶然の上で今回のような日食が起きるのか、ということを紹介しました。タイトルは「太陽系の誕生と奇跡の金環日食」。もちろん、アルマ望遠鏡の話も織り込みました。

今回のトークのキモは、 太陽系を200億分の一に縮小し、太陽系のスケール感を実感してもらうことでした。これの元ネタは、僕が大学生の頃からお手伝いをしていた科学技術館 科学ライブショー「ユニバース」の中の一コーナー、『実感太陽系』です。200億分の一に縮小すると太陽は直径約7cmに、地球は直径約0.65mmになります。その間の距離は7.5m。この縮尺で小さくした冥王星までを、パナソニックセンター周辺に重ねたのが下の図。ユニバースでもそうですが、こういう地図に載せると太陽系が如何にスカスカかというのが実感できるはずです。


来場者はほとんどが小学校低学年・中学年のお子さんたちとその親御さんたち、という構成。実感太陽系ではクイズも交えて話を進めたことで、飽きずに45分間の講演を聞いてもらえたかな、と思います。せっかく日食を観察するなら、「あー欠けてる、環になってる」だけではなくて、地球と太陽の間にちょうどいい大きさの月が入っているという「奥行き」を感じてもらいたいし、さらにはそういう配置の妙や太陽系の成り立ちなんかにも興味を持つきっかけになったらいいなと思っています。実際、講演後には太陽系の成り立ちや太陽系外惑星についての質問もいくつも出てきたので、目論見は外れてなかったかなと。

Ustreamの録画(4/29の3回目)もありますので、もしご興味のある方はぜひ。

2012年4月17日火曜日

いろいろな目で見るフォーマルハウト


4月12日、昨年9月から始まったアルマ望遠鏡の科学観測の最初の成果がプレスリリースされました(僕はその広報担当なので、「されました」というのは変な感じですが)。リリース翌日にはYahoo!のトップにも掲載していただいて、NHK BSニュースでも流れたようなのでご存知の方もいらっしゃるかと思います。この研究の詳しい中身はリリース本文をお読みいただくとして、ここではアルマ望遠鏡以外の望遠鏡で見たフォーマルハウトの姿をご紹介したいと思います。

まず、今回リリースされたアルマ望遠鏡の電波観測画像とハッブル宇宙望遠鏡による可視光の画像がこちら。
ALMA (ESO/NAOJ/NRAO). Visible light image: the NASA/ESA Hubble Space Telescope
青色がハッブル宇宙望遠鏡撮影の可視光画像、オレンジ色で重ねてあるのがアルマ望遠鏡撮影の電波画像です。フォーマルハウトのまわりに、細い環があるのがわかりますね。さて、この画像を見るときの注意点をいくつか。
  • ここではハッブルの写真に青色、アルマの写真にオレンジ色を割り当てて疑似カラー画像を作っています。電波は人間の目には見えないので、実際こんな色で見えるわけではありません。
  • ハッブルの画像:フォーマルハウト本体がまぶしすぎるので、マスクをしています(コロナグラフ:中央の黒くなっている部分)。中心部から放射状にのびている小さい粒々は、このマスクから漏れてくる光が映ったものなので、ここに実際にこんな構造があるわけではありません。
  • アルマの画像:右側しかオレンジ色の部分がありませんが、アルマの視野が狭く、こちら側半分だけしか観測できていないので、こんな風になっています。きっと反対側の環も電波をだしていることでしょう。フォーマルハウトそのものも、強い電波を出していることがわかります。
アルマで撮影したこの環の画像を見て、僕も含めて研究者は感嘆の声を挙げました。僕の大学院時代の師であるH氏が、デスクの近くを他の研究スタッフが通るたびに「あのフォーマルハウトの画像を見たかい」と問いかけるほど。ハッブルに比べるとまだまだ解像度では劣りますが、それでもこれだけ研究者が驚くにはもちろんわけがあります。ハッブル以外の観測では、こんなにきれいにフォーマルハウトの環が見えたことがなかったから。

過去の観測はどんなだったか。下の写真をご覧いただければ、喜びに打ち震える天文学者の気分も少しはご理解いただけるでしょうか。
"Fomalhaut Circumstellar Disk"
Credits: NASA/JPL-Caltech/K. Stapelfeldt (JPL)
上の写真は、NASAのスピッツァー赤外線宇宙望遠鏡が観測した赤外線(左上:波長24ミクロンと左下:波長70ミクロン)の画像、それを疑似カラー合成したもの(中央)、そしてハワイにあるジェームズ・クラーク・マックスウェル望遠鏡(JCMT)が観測した電波(右:波長450ミクロン)の画像。環と言われれば環かもしれないけど、なんだかよくわからないものしか写っていません(失礼!)。これまでの電波の観測が右側の画像くらいだったわけで(オーストラリアの電波干渉計ATCAでの観測はありましたが、ここにあげた電波画像と大して変わりません。なぜハワイのSMAでの観測がないのかは謎。→最下段の追記へ)、初めてハッブル宇宙望遠鏡の画像と合成して「それなり」の画像が作れるくらいの観測ができたという意味で、アルマ望遠鏡での今回の成果に天文学者たちは大変喜んだわけです。

17世紀初めにガリレオ・ガリレイが人類で初めて望遠鏡で土星を見たとき、「土星には耳がある」と観察記録を残したといわれています。土星にあるのは耳ではなくて環であることは、その後の望遠鏡の改良によって広く知られるようになりました。上のフォーマルハウトの画像もまさにそんな感じ。「耳」から「環」へ、ガリレオから約400年後の人類は電波観測で同じ道をたどっているのかもしれません。

実はアルマの画像がリリースされる前日、ハーシェル赤外線宇宙望遠鏡からもフォーマルハウトの観測結果が公表されました。アルマの広報担当とハーシェルの広報担当は別に連絡を取り合っていたりはしないので、今回ほぼ同時期にリリースすることになったのは全くの偶然。「なんてタイミングだ!」と世界中に散らばるアルマ望遠鏡の広報担当は一同とてもびっくりしました。

"Herschel spots comet massacre around nearby star"
Credits: ESA/Herschel/PACS/Bram Acke, KU Leuven, Belgium
ハーシェルが観測したのは波長70ミクロンの赤外線。上に載せたスピッツァー宇宙望遠鏡のオレンジ色の画像と同じ波長ですが、ハーシェルのほうが望遠鏡の口径が大きいので、解像度の良い写真が撮れていますね。

何か結論のあるブログエントリではないんですが、いろいろな波長で同じ天体を観測することによって、たとえばその天体の温度を求めたりすることができます。アルマだけじゃなくていろんな波長を観測できるいろんな望遠鏡で宇宙を見ることで、よりたくさんの情報を引き出せる、ということです。このブログでも適宜そんな成果を紹介していきたいと思います。


※2012.04.18 追記
なんでSMAで観測しないんだろう、と思っていましたが、 感度が全然違うことを忘れていました。アルマの観測はフォーマルハウトを140分間観測した結果ですが、SMAで同じ時間観測した場合と比べるとノイズレベルが40倍くらい違います。SMAの感度では、この環の一番明るいところがさらに3倍明るかったらやっとうっすらと電波写真に写る程度。こりゃSMAで頑張る気にもならないですね。やっぱりアルマの感度はすごい。

新しいブログ、始めます。

文章を書く練習、読んだ本の記録などのためにブログを始めることにします。
これまでのブログはそのまま残しておきますが、基本的にはこちらに移行ということで。

よろしくお願いします。